土木学会誌5月号モニター回答
鼎談 外から見た大学教育
対談記事に見られがちだが、論点が絞り切れてないようで、わかりにくかった。放談という感じでおもしろかった反面、主張するポイントがぼやけているようである。 気楽に読めるという点では、息抜きにもなった。
(CRC松島研究所 小川真一)
企業で実績を上げた技術者を大学にスカウトする、それは大学が研究者を育てるという観点からみれば確かに自殺行為になるかもしれない。しかし逆に言えば、技術者としての自分の力が企業という場所では十分に発揮できないと考える人が増えているということではないか?好奇心を追求したくても、利益にならないなら追求できない。これが企業のスタンスであるが、技術者としての思いをある程度満たすことができるような環境を作り上げていくのも企業の役目ではなかろうか。
(日本ガイシ(株) 龍 崇)
全体通して話がかみ合っていないような内容に思えた。こうした場合、事前の準備は必要としないものかも知れないが、やはり事前に各参加者の所見は提出して貰い、相互にある程度頭に入れてから、少なくとも幾つかのテーマについては、「内から見た」大学像とは異なる視点の意見を示して欲しかった。 その中で齋藤氏が中程で「大学教授が審議会の委員になったりして、ある意味ではそこでマインドコントロールされて遠慮してしまう。」と述べているが、外からみた大学教育の冴えた指摘であると思う。本号の西尾東大教授の大学自治と大学評価の記事中で触れられている「学問の自由」の理念や「権力や権威」との関係で、ゆるがせにできない問題と思う。特に最近では国家公安委員会に端を発して、それこそ社会の批判に耐え社会の期待に応える審議会のあり方と大学人のあり方が共に問われるだろう。 ただ、中央環境審議会の一部の如く、審議会の詳細な内容が公表されることが増えてきており、多くの学識経験者の議論は、さすがに卓見で正論だと思わせるものが多いと思う。審議会の詳細内容について発言者の名と共にディスクロージャーを進めることで、かえって「学問の自由の重要性」は社会から認められ易くなるとも考えられる。
(伊戸川環境総合企画 伊戸川善郎 )
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