2022年8月号 会長就任挨拶
内向きだった目線を外へ開いて多様な声が聞こえる土木学会に
第110代土木学会会長
上田 多門
[聞き手]岩城 一郎 土木学会誌 編集委員長
|
北海道大学から深大学へ研究教育の最前線
―ご就任おめでとうございます。東京生まれの上田会長は、長年北海道大学で教鞭を執られていました。
上田―私が東京大学に入学した当時は田中角栄首相による日本列島改造論で社会が沸き立ち、土木に対する関心が非常に高まっていた時期でした。また、「世紀の大事業」と言われた黒部ダムの完成には胸を熱くするものがあり、それで土木の道を志したようなものです。
コンクリート研究室で岡村甫先生に指導いただき、アメリカの大学で2年間研究生活を送り、今度は西野文雄先生のお力添えで、タイのアジア工科大学で3年間教員生活を送った後、北海道大学に着任しました。東京で育ったものですから北海道は、やはり憧れの地。都内にある民間企業の研究所に就職という道もありましたが、今は正しい選択だったと思っています。
―土木学会でのご活動は?
上田―私の専門がコンクリート構造や複合構造ですので、90年代からコンクリート委員会の常任委員を、2005年に新たに立ち上がった複
合構造委員会では初代の委員長を務めました。
―上田会長は学会きっての「国際派」で知られ、2012年の国際センター設立から7年間、センター長の大役もお務めになりました。
上田―「国際派」とは面はゆいですが、本人には全くそんな意識はないんです。ただ、この度の土木学会会長就任にあたり、国際センター時代にやり残した“宿題”に力を注いでいきたいと考えています。最大の課題は、内向きだった日本の土木の目線をいかに外へと開いていくか。新しく立ち上げる委員会などについての詳細は、今後続く学会誌での会長からのメッセージで解説します。
北海道大学を退職後、中国の深大学から声を掛けていただき、特聘教授になりました。現在、現地で生活しておりますと、さまざまな場面で日本の土木の閉塞(へいそく)的な現状を実感します。特にインフラ面は、40年前に私が留学した当時は全米各地に立派な国際空港を擁するアメリカが世界のトップでしたが、今は経済発展が目覚ましい中国がライジングスター。翻って日本に目を向けると、戦後巨額を投じて整備されてきたインフラは、今や課題が山積みですよね。高速道路や新幹線を例にとっても、果たして機能面で本当に世界に誇るものになっているのか。今こそ目をそらさずに、しっかりと検証する必要があると感じています。
[日 時] 2022年5月18日(水) 北海道石狩郡にて |
若手、女性、外国出身会員の存在感を高める場づくりを
―日本と中国、研究教育の面にも違いはありますか?
上田―日本と中国は圧倒的に人口が違うという前提はもちろんありますが、中国は研究者も競争社会。論文の投稿数や助成金の規模など、それら全てが自分の実績となり、将来の人生設計を支えるものになる。若手がやる気に溢(あふ)れ、こうした個々人の頑張りや
成果が国全体の土木研究の質を底上げしています。博士課程進学者も奨学金が充実し、生活が保証されているので、優秀な人材がためらわずに進学できる。日本もぜひ、見習いたいところです。
こう比較ばかりしてしまうと、日本に良いところがまるでないように思われるかもしれませんが、私自身、根は楽観主義者です(笑)。日本にも非常に優秀な若手研究者、技術者たちは確実にいます。彼らの声がもっと聞こえてくるような場づくりも、これから実践していきたいことの一つです。
特に期待しているのは女性会員の活躍です。中国や他の国でも目を輝かせて活躍している女性研究者・技術者はたくさんいます。もしかすると、世界の沈滞ムードを打破してくれるのは女性たちなのではないかと思うことも少なくありません。日本では絶対数が少ないため、その声が拾いづらくならないように丁寧に耳を傾けていきたいですね。
―ダイバーシティの観点から外国出身の会員についてはどうお考えですか?
上田―残念ながらこれまでは、外国出身の会員の発言を積極的に聞いたり、議論する場を設けることができていませんでした。それもこれからは、変えるとき。若手や女性会員、外国出身の会員が発言しやすい場を設け、皆の視点で課題解決に取り組んでいく。そうした場の一つ一つの積み重ねが、次は彼らが意思決定の場に進む道筋につながっていく。そんな流れを作ることが、土木の将来のためにも必要不可欠だと思います。
―今後、学会誌に期待することをお聞かせください。
上田―2021年11月に土木学会と日本建築学会が覚書を交わしました。これからは両者が協働してグローバルな課題に対応していくことは、7月号の就任挨拶でお伝えした通りです。その一環として今後お互いの学会誌で定期的に展開する両学会共同企画も、編集委員の皆さんにご提案できたら、と思っています。
またもう一つは、今も進んでいる学会誌のデジタル化をさらに促進していただきたいですね。最近は自動翻訳機能も充実しているため、先ほどお話ししたような日本語が得手ではない外国出身の会員も、翻訳機能を使うことでリアルタイムに情報共有ができるはず。私も深?にいながらにして皆さんと同時に学会誌の最新情報を受け取れます。また、情報整理も容易ですので、会長としての活動にも迅速にフィードバックしていきたいと考えています。
―本日はありがとうございました。