会長からのメッセージ


目に見えるもの見えないもの


佐々木 葉 SASAKI Yoh 第112代土木学会 会長

「本当に大切なものは、目に見えないんだよ(注1)」。『星の王子さま』では、何度か「目に見えない」ということが語られます。
景観という分野を学び始めたかつての私は、いや、景観には大切なことが、目に見える形でちゃんと表れているのだ、と考えていました。それ故、『星の王子さま』に対して、ものより心が大切という、なんとなく情緒的な話をしているなあ、と思っていました。しかし、今は「目に見えない」というフレーズの前に、隠れている言葉があると理解しています。それは、「工夫をしないと」とか「ちゃんと向き合わないと」という言葉です。
さて、「見える化」はさまざまな場面で重視されています。私たち土木の分野においても、例えば表面からは見えない内部の状態を検査によって可視化する対象は広がり、精緻化しています。人や物の複雑な動きもそれを代替する数値として見せてくれます。あるいはジェンダーの問題においては、家事などの見えない仕事をシャドーワーク(注2)という概念でとらえ、議論のテーブルに乗せたことも画期的でした。まさに見えるようにすることは、知であり、技術です。私たちの世界を広げ、くらしを豊かにしてくれます。
一方で、「見た目」という言葉も日常にあふれています。「見た目は子ども、頭脳は大人」というように、外見と中身は一致しないという語感を含みながらも、人々の選択における見た目の影響力は大きく、自身の見た目も気になります。ルッキズムや映ばえは、あらがうことのできない力を持ち、時に人の心を傷つけます。見た目をどう受け止めるかが、その人の幸せを左右すらします。

写真:間澤智大

冒頭の『星の王子さま』の言葉に戻りましょう。見えていないけれど大切なものはそこにある、なのにその大切なものに気付かない人がいる、と王子さまは語ります。問題は見る側にあること、ちゃんと向き合い、想像力という心の目で見れば見えるのにそれをしないことを指摘します。心の目で見ない理由にはいろいろあるでしょう。「目からうろこが落ちる」というように、思い込み(アンコンシャスバイアス)が視界を曇らせている。あるいは人と違う見方をすることへの不安や、見てしまった以上、自分ごととして引き受けねばならなくなりそうな責任を、無意識に回避することもあるかもしれません。
見ることには勇気がいりますね。でも王子さまは言っています。想像力をもって大切なものを眺めるのはとても楽しい、と。私もそう思います。
土木に関わる会員の皆さんは、土木の風景をどのように眺めているでしょうか。あるいは土木学会という活動の場の風景をどのように眺めているでしょうか。こういうものだ、こういうところだという思い込みはありませんか。見る位置、立場を変えて見たことはありますか。極めて個人的な気持ちを、土木の風景に正直にかさねて見たことはありますか。
そうした自由な見方ができるのが学会という場です。ぜひ皆さんの想像力を通して見えた土木の、土木学会の本当に大切なものを教えてください。4万人の会員一人一人が大切なそれを心に抱いていると想像するだけで、互いに力が湧いてくる。そういうすてきな土木学会の風景が描けるといいなと、思っています。



(注1)サン=テグジュペリ『星の王子さま』の日本語訳はいろいろありますが、ここでは浅岡夢二訳(ゴマブックス、2008 年)を参照。
(注2)哲学者・評論家イヴァン・イリイチの造語。
© Japan Society of Civil Engineers 土木学会誌編集委員会