会長からのメッセージ


桜を見守る目
インフラを見守る目


佐々木 葉 SASAKI Yoh 第112代土木学会 会長

4月、新しい年度の始まりです。大学では、つい先日卒業生を送り出したキャンパスに、新入生があふれています。私の通う早稲田大学西早稲田キャンパスの中庭には、一本の立派な桜の木があり、卒業、修了していく学生たちとその下で記念撮影をするのが恒例です。息子が小さかった時代は満開の桜は入学式の背景と記憶しますが、いつの頃からか卒業式に、時にはその前に散ってしまわぬかと心配するようにもなりました。
南北に長い日本列島では桜の咲く時期もひと月以上の差がありますが、年に一度、ドラマチックに姿を変える桜の木は、それぞれの場所で、時の巡りの節目を風景にしてくれます。花のない時期も私はここにずっといましたよ、と呼びかけるようです。そんな桜の木の呼びかけに、私たちは、毎日の積み重ねであった一年にさまざまな思いを重ねます。
そうした桜の木のお世話をする人を桜守と言います。小説に描かれた庭師や長いバス路線に桜を植え続けた人、そして全国各地で公園や並木、ダム周辺などの桜のお世話をする市民の皆さんがいます。その活動には、維持管理という言葉ではうまく表せないような気持ちが感じられます。守る、見守る、お世話をする。そういえば橋守という言葉もありましたね。山陰の海辺の過酷な環境に建っていた通称余部(あまるべ)鉄橋には専属の橋守がいました。

撮影:原本 柊

インフラの維持管理は言うまでもなく土木界の最重要課題の一つです。土木学会にはインフラメンテナンス総合委員会があり、委員長は会長が務めています。そのため私も委員会やシンポジウムに出席し、この仕事の幅の広さと総合性を改めて実感しているところです。見やすいウェブサイト(1)がありますのでぜひご覧ください。さまざまな立場の会員の皆さんと、土木学会以外の方々と連携するためのプラットフォームづくりによって、知と技術と仕組みの総合化に取り組んでいます。
その中で私にできることといえば、皆さんの活動を見守り、応援することくらいなのですが、その一つとして、新設に比べて地味だと言われることもある維持管理の仕事を、少し別の言葉で考えてみました。メンテナンスは手入れ、マネジメントは手あて、こうして対象を大切にし、長くみんなに愛されるようにする仕事です、と。いかがでしょうか。
このように言い換えてみると、植物や生き物を大切に育てること、もちろん子どもたちや弱い人たちをサポートすること、つまり今注目されているキーワードの一つであるケアにもつながってくるように思えます。ケアには、ケアする人がケアされる、という相互性があることが、現代社会で注目される理由の一つだと理解しています。他と違うふるまいが集団の中にあることで、マネジメントの手間はかかります。より効率的に素早く対象を処理するだけでなく、その都度の対応に向き合うことで相互に得られる何かが見いだされるでしょう。
桜守が大切にした桜は、桜守の仕事を見守り、ともに成長し、今年もまたしみじみとする風景を見せてくれます。そんなふうにインフラと向き合うのもいいなと思います。



参考文献
(1)インフラメンテナンス総合委員会のウェブサイト:https://inframaintenance.jsce.or.jp/
© Japan Society of Civil Engineers 土木学会誌編集委員会