2026年5月号 会長対談
日本学士院会員 藤野陽三先生に聞く
―土木工学分野から19年ぶりの会員選定―
[語り手]
藤野 陽三 フェロー会員 城西大学 学長、東京大学 名誉教授、横浜国立大学 名誉教授
[聞き手]
池内 幸司 第113代 土木学会 会長
|
FUJINO Yozo
1976年カナダ・ウォータールー大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。1990年東京大学教授、2014年横浜国立大学上席特別教授、2020年より城西大学学長。2007年紫綬褒章受章、2025年日本学士院会員。
|
|
IKEUCHI Koji
2014年国土交通省水管理・国土保全局長、2015年同省技監、2016年東京大学教授、2023年より(一財)河川情報センター理事長、東京大学名誉教授、博士(工学)。
|
工学には狭き門の学士院会員
ノーベル賞の受賞者もずらり
池内―藤野先生におかれましては、この度、第1194回日本学士院総会において日本学士院会員に選定されましたこと、誠におめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。土木工学分野からの日本学士院会員選定は、2007年の堀川清司先生(東京大学名誉教授、埼玉大学学長(当時))以来と伺っています。会員となられた現在のお気持ちをお聞かせいただけますでしょうか。
藤野―率直に言って、うれしいです。同じ工学の分野には、ノーベル賞の受賞者がずらりと並んでいます。そういう名誉ある会員の一人として認められたわけですからね。
日本学士院の会員というのは、人文科学部門で定員70人、自然科学部門で定員80人にすぎません。自然科学部門はさらに、理学、工学、農学、医学・薬学・歯学の四つに分かれます。定員は、理学31人、工学17人、農学12人、医学・薬学・歯学20人。理学が圧倒的に多い。理学系と工学系の教授の数の比率からすると、工学は少ないですね。
土木工学では、私は6人目です。日本学士院の前身は1879年に創設されていますが、土木工学の分野で会員が選定されたのは、1949年の
田中豊先生が初めてです。同先生は土木学会田中賞の由来の人物としても知られていますね。その後、1950年には吉田徳次郎先生、1966年には青木楠男先生、1987年には岡本舜三先生、2007年には堀川清司先生が続きました。まあ、およそ20年に一人という割合なんでしょうか。
長大橋プロジェクトの時代に問題を広く扱う橋梁学の意識
池内―藤野先生はこれまで、橋梁工学の分野において、とりわけ長大橋の振動を高精度に解析し制御する研究を進められ、「構造制御モニタリング学」という新しい学術分野を切り拓いてこられました。本学会でのさまざまな活動に加え、この分野の国際学会を設立され、国内外で指導的役割を果たしてこられました。藤野先生の代表的なご功績として、ロンドンのミレニアムブリッジが開通直後に横揺れで閉鎖された際、世界的な専門家として招かれ、問題の解決に当たられたことが挙げられます。理論、計測、制御、そして社会課題の解決に取り組んでこられたこれまでの研究を振り返って、特に印象に残っている出来事やご経験についてお聞かせいただけますでしょうか。
藤野―何より、いい時代を過ごさせてもらったと痛感します。私が研究活動に取り組んでいた時代には、本州四国連絡橋をはじめとする長大橋プロジェクトが国内で非常に盛んでした。長大橋関連の研究テーマがいくつもあったほどです。
ただ私は、一つのテーマをとことん突き詰めるタイプの研究者ではありません。長大橋が抱える問題を、いろいろな研究者と一緒になって、いろいろな角度から探り、その橋梁をよりいいものにするにはどうすればいいかという問題を、視野を広く持ちながら考え続けてきました。
こうした研究姿勢から、私は自身の専門分野を、「橋梁工学」ではなく「橋梁学」である、と認識しています。何かを突き詰めるのではなく、橋梁に関するあらゆる問題を扱う。「建築工学」ではなく、「建築学」。それと同じような幅の広さを、強く意識してきました。
今回の学士院会員への選定は、一緒に研究活動に取り組んできた多くの研究者のおかげですよ。一代表として学士院会員になったにすぎませんが、それによって日本の橋梁分野が世界をリードしていた証を示せたのかな、と思います。
写真1 2026年2月5日土木学会にて
新シビルエンジニアリングで世界を、アジアをリードせよ
池内―先生の教育におけるご功績についても伺えればと思います。先生は東京大学大学院土木工学専攻(現在の社会基盤学専攻)において、1982年から英語による留学生教育プログラムの中心的メンバーとして活動してこられました。これまでに60名を超える修士・博士課程の留学生の指導に当たられ、多くの方が国内外の大学・研究機関において指導的立場で活躍されています。これからの土木分野の人材育成、そして国際化についてお考えをお聞かせいただけますでしょうか。
藤野―日本は当時、土木工学の世界でトップランナーでした。アジアはもちろん、欧州からも米国からも、多くの留学生が来日しました。皆さん、優秀でね。私たちも勉強になりました。
留学生教育プログラムは確かに、国際化の先鞭を付けたと思います。直接指導した留学生のうち修士や博士の学位を取得した60人以上の約半数は今、海外の大学で教育・研究に勤しんでいます。これは、すごい宝ですよ。
今後は、従来とは異なる新たなシビルエンジニアリングを打ち立て、世界全体、とりわけアジアを、リードするようになりたいですよね。新たなシビルエンジニアリングとは何か、非常に難しい問題ですが、そこを見いだしてほしい。
土木工学は工学にとどまらず社会的な視点備えた土木学へ
池内―本日は多くの貴重なお話をお聞かせいただき、誠にありがとうございました。最後に、本誌を読んでくださっている、とりわけ若い技術者、研究者の皆さまに向けて、メッセージをいただけますでしょうか。
藤野―思えば、私は土木工学を志望していたわけではないんです。もともとは地球物理学を修めたかった。ところが、兄に強く反対されました。「それでは就職できない」と。それで地球に最も近い工学は何かを考え、最終的に土木工学に志望を改めたという経緯です。
そんな経緯とは裏腹ですが、土木工学は工学にとどまってはいけません。工学ならではの分析の視点は大事ですが、これからの時代は、私が専門分野を「橋梁学」と名乗るように、対象の全体を見る視点がやはり欠かせません。土木が魅力的な学問になるためにも、社会的な視点を忘れないでほしい。「土木工学」から「土木学」へ―その意識を、ぜひお持ちください。

